秋元城址

秋元城周辺は、そのむかし上総国周東郡秋元庄と呼ばれていました。秋元氏は鎌倉時代からその領主で、戦国時代の永正期頃(16世紀初め)にこの秋元城を築いたといわれています。

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その後、北條氏と里見氏が房総の領地をめぐって争った天文~永禄期(16世紀中頃~後半)にも、秋元庄一帯を守り抜いていますが、天正期の末(16世紀末) には里見氏の支配下に入っています。

 城の規模は東西460m、南北400mの丘陵全体に及んでいますが、とりわけ山上は曲輪の周囲を切岸・堀切・横堀で防御した優れた遺構が残されています。また、山麓には根古屋や内宿の字名が残り、城下町が広がっていたと思われます。

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平成13年度~平成15年度にかけて行われました発掘調査では、山上と山麓で掘立柱建物跡が確認され、また、瀬戸・美濃産や中国産の陶磁器、かわらけ(素焼きの皿)、銭貨などが出土しています。

 秋元氏代々の居城として、また、当時の城の有様を良く伝えるものとして、秋元城は貴重な文化遺産です。

 

                                        (参考:君津市教育委員会案内看板)