伝説民話
蟹山権現
西日笠に長久寺という真言宗のお寺があった。
現在は西猪原久原寺に合寺したためなくなってしまった。

昔この地に温厚な長者がいた。物を愛し地蔵菩薩を深く信じ、常に延命を口にしていたので、人は延命長者とよんでいた。この長者に一人娘がいた。この娘も親に似て慈悲深く好んで蟹を愛した。村の子ども達が蟹を捕らえて、いたずらしているのを見れば買い取ってこれを淵に逃がしてやった。

ある日のこと長者は一人娘を連れて鹿野山に参詣した。その途中一匹の蛇が雉を捕らえて巻き殺そうとしているのに出合った。長者は雉を憐れんで蛇に向かって、その雉を離してやれというが、蛇はこれを聞く様子もなく、益々強く巻き込もうとするので、長者は思わず、その雉を離せばお前にこの娘を呉れようという。すると蛇は雉を離して草むら深く走り去り、雉は空高く飛び去った。
月日は流れて、長者の娘は早くも妙齢に達しその美しさは輝くばかりであった。ある日、眉目麗しい少年が忽然として長者を訪れ、娘を妻にもらい受けたいという。その挙動が頗る怪しいので、長者は強くこれを拒絶した。少年は大いに怒り、いつかあなたは鹿野山中で、「お前がその雉を離せばわしの娘をやろう
と言ったではないか、今になって約束をたがえるとは何事か、と威猛高になってかかって来た。
長者は、はじめてこの少年が蛇の化身であることを知り、これを逐ったところ、少年のまなじりは裂け、頭髪逆しまに立って、まさに娘の閨にうち入らんとした。下男等挙ってこれを制止する間に、長者は娘を塔中にかくし、地蔵菩薩の加護を一心に念じていた。少年の姿はたちまち一頭の大蛇に変身し、塔を幾重にも巻き紅蓮の炎を吐いた。人々怖れおののき近づく者もない。

うしたところへ、どこからか大蟹が無数にあらわれ、その一匹一匹が鋏をかざして大蛇にいどみかかって、これを寸断して娘を助けた。長者は、その奇異に驚き、これも平素信ずる地蔵菩薩の仏力であると、屋敷の一部を分け、一寺を建て地蔵菩薩を安置し、延命院長久寺と号し、さらに塚を築き祠を建て、蟹の霊を祀り蟹山権現と称したという。この長久寺境内の北辺を流れる小糸川の流れに、かにが淵という淵を望む断崖中腹に石窟があり、蟹山権現という。蟹形面相の陽刻は面白く、延享五戊辰(1748)六月作とある。
(参考:清和村誌)